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福岡家庭裁判所小倉支部 昭和41年(少)1367号 決定

少年 H・T子(昭二二・一・二九生)

主文

この事件について審判を開始しない。

押収してある現金(一〇〇円紙幣九枚)九〇〇円(昭和四一年押第二二三号の符号二)金券(一〇円一〇枚綴)一〇枚(同号の符号四)金券(一五円一〇枚綴)一〇枚(同号の符号五)は、いずれもこれを被害者○田ミ○リに還付する。

理由

一  検察官送致事実の要旨は、

少年は昭和四一年四月○○日午後八時四〇分頃、福岡県京都郡○○町○○町○丁目○光建具店前路上において、折から勤務先から帰宅途中の○田ミ○リ(当四一年)に対し、いきなり同女の前に立ちふさがり、所携の果物ナイフを洋服のポケツトよりとりだすや、これを右手にもつて、其の場から逃げようとする同女の肩、顔面等にきりかかり、同女の反抗を抑圧して同女が所持していた現金九五〇円等在中の手提袋一個を強取したが、その際同女に対し前記暴行によつて全治約一〇日間を要する左耳下、左肩胛部右前胸部切創の傷害を与えたものである。

というのであつて、本件各証拠によれば、以上送致事実の外形的事実はこれを認めることができる。

二  しかし、福岡家庭裁判所小倉支部医務室技官は少年は知能指数は約五〇で外因性の精神薄弱であり、同時に外因性てんかんに罹患していると診断しており、更に、家庭裁判所調査官の調査結果によると、少年は生後一五日位のとき原因不明の高熱疾患に罹り、ひきつけがひどく危篤状態が続き、生命だけはとりとめたが、病気がちとなり、四歳になつて歩行を開始し幼稚園に通うようになつて漸く言葉の意味が通じるようになるなど精神面、肉体面の発育が非常におくれ、小学校に入つてからも成績不振で人なみのことは何もできず差別扱いをうけ、昭和三四年中学に入つてからは学校忌避がはじまり、翌三五年七月に中学を中途退学し、その後農業の手伝いなどをしていたが、この頃から曇天時頭痛を訴え、原因不明の発熱が続いたり、父親が大声で叱ると身体を硬直させて、ひきつけと同じ状態に陥る(これは幼児の頃からである)等の症状があり、理由もなく妹と喧嘩したり一人家にとじこもつて独言をいつたりすることがあつたことを認めることができる。

以上の事実と前記診断の結果とをあわせると少年は外因性精神薄弱兼外因性てんかん患者であり、本件犯行当時も上記同様の症状にあつたと考えられる。

三  更に本件犯行当時の精神状態に検討を加えるに前示各証拠によれば少年は当日親から一、〇〇〇円の小使銭をもらい犯行時にはいまだ五〇〇円程の残額を所持していて、金銭に窮していたわけでもなく、その他、本件犯行を敢行する格別な動機、原因を有していなかつたものであり、結局その犯行は少年の前記てんかんの発作としてなされたものと認められる。

右発作時にあつては、少年は是非善悪を弁別する能力なく、その弁別にしたがつて行動する能力を有しなかつたものであり、従つて少年は心神喪失の情況下で本件犯行に及んだものと認められる。

四  以上の次第であるので、少年の本件行為は心神喪失中の行為として罪とならず、従つて当然この事件を検察官に送致し、あるいは少年を保護処分に付することはできない。因みに少年は当裁判所において観護措置取消決定を受け、保護者の申請により、精神病院である福岡県京都郡○○町○山病院において、てんかんの診断を受けたのち、同病院に入院療養している。よつて、少年に対してはこのまま精神病院において入院加療を続けさせるべきであると考えるので少年法第一九条第一項を適用して審判不開始とし押収してある主文掲記の各物件は本件の罪の賍物で被害者に還付すべき理由が明らかであるから刑事訴訟法第三四七条第一項により、これを被害者に還付することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 大川勇)

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